境界性人格障害 -ボーダーラインな私の人生-

幼少期のお話5

 

父が帰って来なくなり、何の説明もないまま

時間だけが流れていき、私は小学生6年生になりました。

 

その間、母は父の代わりに夕方や

夜遅くまで働き

私は家で母の帰りを待っていました。

小さい頃は

火を使っちゃいけない!

と言われていたので

お腹が空いたらお菓子やカップ麺をたべたりしていました。

しかし、やっぱりまだ子供なので

母親が恋しくい気持ちと、純粋にお腹がすいたという気持ちで母が働くお店に電話をして

「お腹すいた!ご飯食べたいー!」などと

わがままを言っては、母に怒られた記憶があります。

 

今考えると

面倒だし、手もかかるし、聞き分けのない子供だったと思います、、、笑

 

そんなある日、母は姉と私を呼びました。

そして一言言いました。

「お母さん、離婚したから。」と。

 

小学6年にもなると

離婚という事がどういう事なのか

自分の家庭が周りと違う事も薄々理解していました。

なので、私は「あっそ。」ぐらいの返事しかしませんでした。

 

ただ、この離婚により、父が靴屋をやることになりました。

つまり、毎日どこにいるかがわかるようになったのです。

どこにいるか、いつ会えるかわからなかった父に会える場所ができたことを、この時の私は

嬉しいと思ってしまいました。

 

私は、休みの日などは母にお弁当を作ってもらい、父が居るお店に遊びに行くようになりました。

今考えると…

この時母はどんな気持ちだったのか?

残酷な事をしていたんじゃないのかな?って

思う時がありますが、聞いたことがないので

その真意はわかりません。

 

ですが、こうやって父のお店に遊びに行くようになったある日。

私は父をこの世で1番最低で

もっとも嫌いな人間だ。と思うようになりました。

 

 

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